観光と環境配慮が両立する未来を目指して。JTBグループが取り組む「CO₂ゼロ」シリーズ
6月5日は国連が定めた「世界環境デー」。環境省の提唱により、6月は「環境月間」に指定されています。JTBグループでもさまざまな観点から観光業における環境配慮に取り組んでいます。その活動をリードするのがJTBコミュニケーションデザイン(以下、JCD)です。
目に焼き付いて離れない美しい絶景も、土地の人との忘れられない触れ合いも。旅行やイベントの醍醐味を味わえるのは、地球があってこそ。その大前提に立ち返り、JCDは脱炭素社会の実現に向けた2つのサービスを提供しています。
そのサービスとは「CO₂ゼロMICEⓇ」と「CO₂ゼロSTAYⓇ」から成る「CO₂ゼロシリーズ」。今回はサービスの開発・運営だけでなく、観光業界の環境への取り組みの旗振り役を担う3名に、“観光業の今と未来”について聞いてみました。
電気なしでは成り立たない観光業界のジレンマ
—— 脱炭素社会の実現に向け、JCDが提供している「CO₂ゼロMICEⓇ」と「CO₂ゼロSTAYⓇ」。このサービスは、どのように生まれたのでしょうか?
坂井:そもそものきっかけは2017年、私たちが電気事業「でんきJTB」を始めたことにあります。
「どうしてJTBが電気事業を?」と不思議に思われるかもしれませんが、イベントを開催するにも、観光施設や宿泊施設を運営するにも、大量の電気が必要になります。観光施設も宿泊施設も、固定的にかかる電気料金に悩んでいることを感じていました。こうした経済的な負担を軽減するために生まれたのが「でんきJTB」です。
実は日本は電力の約70%が火力発電なので、電気を使えば使うほどCO₂の排出量が増えるんですね。しかもそのなかで“世界全体におけるCO₂排出量の約10%を観光業界が占めている”とも言われているんです。無視できる数字ではありませんが、電気を使わずして観光業は成り立たないし経済活動を止めるわけにもいかない。私たちはここにジレンマを抱えていたわけです。
吉田:施設の固定費のほか、人が動くためにはエネルギーが必要ですよね。また、多くの人が参加する会議やイベントなどのMICE(※)も規模や経済効果が大きいほど環境に負荷がかかります。そこで「でんきJTB」のノウハウを生かし、イベント開催時に会場で使用する電気をCO₂が排出されない再生可能エネルギーに置き換えることができる「CO₂ゼロMICEⓇ」というサービスを始めました。
——「CO₂ゼロMICEⓇ」ができたのはいつ頃なのでしょうか?
吉田:開発したのはコロナ禍でした。世界中で環境に対する意識が大きく変わり始め、日本もついに2050年に向けカーボン・ニュートラル宣言をしたころです。観光業界も大きく変わらなければいけないなかで、JTBグループも新しいソリューションの開発が必要な時期でした。
人が集まるイベントも人が移動する旅行も楽しんでもらいながら、環境負荷を減らせるサービスを提供したい。そんな強い想いがあったことを覚えています。
少しのアクションでできる“地球に優しい”旅行
—— 「CO₂ゼロMICEⓇ」とは、具体的にはどのようなサービスなのでしょう?
坂井:実はイベントや会議を主催される企業のなかにも、CO₂削減に興味がある方は多いんです。ただ、興味があったとしても、煩雑な手続きが必要となると二の足を踏んでしまいます。そこで「CO₂ゼロMICEⓇ」は、会場の電気使用量の計算、環境価値の調達、証書の発行、事後検証をパッケージ化して提供しています。2021年6月のローンチ以来、132のイベント会場やホテル、旅館などの施設にご利用いただいています。(※2024年6月現在)
—— もう一つのサービスである「CO₂ゼロSTAYⓇ」とは?
吉田:「CO₂ゼロMICEⓇ」を推進するなかで、多くの宿泊施設様からこれを宿泊にも適用できないか?という声をいただきました。宿泊は旅行の醍醐味ですが、レストランで食事をしたり、温泉に入ったりすることで電気やガス、水を使うため、どうしてもCO₂が排出されてしまいますよね。これを解決するために、2023年2月に誕生したのが「CO₂ゼロSTAYⓇ」。カーボンオフセットの仕組みを利用した宿泊が可能になりました。
カーボンオフセットはご存じの方も多いかもしれませんが、森林保全活動や再生可能エネルギーの拡大などCO₂削減活動に投資する(クレジットを購入する)ことで、ホテルや旅館に宿泊することで生じるCO₂の埋め合わせができるという考え方です。つまり「CO₂ゼロSTAYⓇ」を利用すれば、CO₂を削減して宿泊ができるんです。
坂井:企業向けの「CO₂ゼロMICEⓇ」よりも、こちらのほうが、一般の方からすると身近に感じていただきやすいかもしれません。宿泊費に数百円をプラスしていただくことで、環境に配慮しながら、旅行をお楽しみいただけます。
石黒:気になる方はぜひ、「CO₂ゼロSTAYⓇ」や「オフセット宿泊プラン」というフレーズの入った宿泊プランを探してみてください。JTBを始め、ホテル・旅館でも取り扱いが増え始め、2023年度は4万7千人泊を越えるお客様に利用をいただきました。
自分ゴトとして捉えることが環境配慮への第一歩
—— 数百円なんですね。これは意外な数字です。正直、もっとかかるのかと思っていました。カーボンオフセットの旅行が、まさに身近に感じられます。
石黒:そう、意外とお安いんです(笑)。旅行のための予算を大きく圧迫することなく、それでもしっかり、環境に配慮いただける仕組みです。
私自身、「CO₂ゼロMICEⓇ」や「CO₂ゼロSTAYⓇ」を推進する立場になって改めて、環境配慮は小さなことからコツコツなんだな、と気づきました。環境への取り組みと聞くと、何か大きなアクションを起こす必要がある気がして、かえって尻込みしてしまいますよね。でも、そんなことはないんです。
坂井:数百円で環境を守ることができるなら、自分にも可能じゃないか。そんなふうに、自分ごととして捉えることが大事ではないでしょうか。私も正直なところ、今の事業に携わるまでは、環境に関心があるとは言えない状態でしたから(苦笑)。
それが一転、私たちが携わる観光業界が地球に及ぼす負担の大きさを知ってからは、その事実が頭の片隅から離れない。とはいえ、私も大層なことはしていないんです。毎日粛々と、賞味期限の近いお惣菜を買うくらいです。
石黒:地球の今や環境の今を知ると、“てまえどり”のようにモノの選び方が変わりますよね。私の場合、商品のラベルをチェックするようになりました。
環境保全に役立つと認定された製品に付けられる「エコマーク」だったり、環境にも人権にも配慮された木材生まれの製品に付けられる「FSCマーク」だったり。最近では環境負荷の少ないインクを使用していることを示す「インキグリーンマーク」なんて認証もあって、見つけるのが楽しくなってきています(笑)。
“楽しむことをやめる”という選択をしないために
—— 環境に配慮しながら楽しむ。皆さんが取り組まれている「CO₂ゼロMICEⓇ」や「CO₂ゼロSTAYⓇ」につながりますね。
吉田:イベントも旅行も楽しいことです。ただ、楽しさの一方で、環境に負荷がかかっているのも事実です。私は登山が趣味なので、山に登るたびに考えます。この景色を守るには、どうしたらいいだろう、と。
CO₂排出量を増やさないための究極は、旅行に行かないことかもしれません。しかし、それでは経済活動も止まってしまいますし何より楽しむことをやめる、という選択はしたくない。イベントも旅行もたくさんの楽しさや感動を与えてくれる、人生にとって大切なものですから。
石黒:私はJCDに着任する以前、JTBで修学旅行の引率をしたこともありますが、旅行から学べることって、本当にたくさんあるんです。旅先で見た景色の美しさはもちろん、その土地それぞれの文化や生活を体感しているときの子どもたちの目の輝き、話を聞く姿勢にはこちらが引き込まれるくらい素晴らしいものがあります。
旅行という非日常だからこそ、自分とは異なる文化圏の人たちに出会うことができ、その人たちの話を興味深く聞ける。そして、その話が子どもたちの成長につながっていく。
私自身も3児の母ですが、こうした機会を次の世代につなげていくためにも、私たち観光業界の人間は、旅行やイベントと環境を両立する術を啓蒙していかなくてはいけません。
坂井:その啓蒙の一つの形が、「CO₂ゼロMICEⓇ」や「CO₂ゼロSTAYⓇ」なんです。ありがたいことに、この2つの取り組みが評価され、昨年6月には「JATA SDGsアワード」の優秀賞を、9月には「ジャパン・ツーリズム・アワード」の入賞もいただきました。
受賞の効果もあって、最近は宿泊施設の皆さまからお問い合わせをいただく機会が増えています。しかし、私たちの啓蒙活動は、まだまだこれからだとも感じています。
潮目が変わりつつある今こそ、さらなる仲間を!
——今後、どのような取り組みをされていくかも教えていただきたいです。JCDが牽引していく、観光業の未来についてお聞かせください。
吉田:やはり環境配慮の取り組みは小さなことの積み重ねです。無理なく続けられるアクションを習慣化することが大切だと思うんです。だからこそ、私たちの取り組みに賛同してくださる仲間が必要です。一人ひとりにとっては小さなことでも、それが集まれば、大きな力になります。
坂井:賛同してくださる仲間を増やすためにも、「CO₂ゼロMICEⓇ」や「CO₂ゼロSTAYⓇ」をより手触りのあるサービスに成長させていきたいですね。残念ながら、このサービスはモノではありません。モノではないだけに触ることができず、“環境にいいことをしたんだ!”という実感が湧きづらいのがネックです。
サービスの価値をより強く実感いただくためにも、サービスで使用する再生可能エネルギーの発電地域を指定できたり、オフセット創出由来が指定できたり、そんなサービスの拡充を考えているところです。例えば、新潟の再エネ発電所を選べたとするなら、新潟出身のお客様は、それを利用することが地域貢献という価値にもなりますから。
石黒:サービスの価値を強化することも、その価値によって仲間を増やすことも、私たちの取り組みは待ったなし。“今こそ”だと感じています。
自分の子どもたちを見ているとSDGsへの取り組みが授業に組み込まれていることから、環境配慮、例えば限られた資源をリサイクルするためにごみを分別することも当たり前にやっています。そうした世代の人たちに“観光業は地球を壊す”と思われてしまったら、こんな悲しいことはありません。
坂井:私たち自身も意識を高めるべく、JCDの社内にあるゴミ箱は、資源別に数種類にも分かれているんです。最初はどこにどれを捨てるべきなのか迷うこともありましたが、これが習慣化すると自宅での振る舞いも変わります。
要は企業という組織が動くと、そこに連なる一人ひとりの意識と行動が変わる。そうした意味でも私たちJCDはより強く、企業としても環境配慮を進めていく必要があると考えています。
吉田:私たちが携わるイベントや旅行は、意識や行動変容のきっかけとしても重要な機会です。2023年春ごろを境に、特に関西圏の人たちの意識や行動が変化するのを感じていますが、そのきっかけはおそらく、大阪・関西万博です。海外の人たちは環境への意識が高く、サステナブルな取り組みをしている宿泊施設を率先して選ぶことが当たり前。そうした方たちをお迎えするからには、意識を変えざるを得ませんよね。
お迎えする側の意識が変われば、そこに宿泊される日本のお客様にも環境を意識するきっかけが生まれます。そうした時流も背景に啓蒙を続け、環境配慮が当たり前の観光業界を築きたい。私たちは、そんな未来を描いています。
文:大谷享子
写真:赤坂淳
編集:花沢亜衣